最古の栽培用ブドウ「グートエーデル」の歴史探訪

ワイン入門者
先生、このグートエーデルって、世界で最も古い栽培用ぶどうの1つなんですね。

ワイン研究家
そうだよ。5000年の歴史があるんだ。

ワイン入門者
ルーツがパレスチナ地方の可能性があるって聞きましたが、本当ですか?

ワイン研究家
そう言われているよ。ナイル川中流地域で栽培されていたという説もあるんだ。
グートエーデルとは。
グートエーデルというぶどうは、5000年もの歴史を持つ世界最古の栽培用ぶどう品種のひとつです。その起源はパレスチナ地方ではないかとされ、5000年前のエジプト・ナイル川中流域で栽培されていたと考えられています。
その後、海洋交易で優れたフェニキア人によって広く普及しました。16世紀初頭には、フランスのワイン産地でも栽培され、ブルゴーニュ地方のマコンの南西にシャスラという村があり、その周辺でグートエーデル(フランス名:シャスラ)が栽培されていたと推定されています。
17世紀初頭にはドイツにも伝わりました。ヴュルテンベルク地方とフランケン地方から栽培が始まり、1世紀ほど経つとザクセン地方、フライブルクの南にあるマルクグレーフラーラントにまで広がりました。1780年、バーデン辺境伯フリードリヒ・フォン・バーデンが、スイスのレマン湖畔の著名なワイン産地ヴェヴェイからグートエーデルの苗を持ち込んだことで、一層広く栽培されるようになりました。
その起源と考古学

グートエーデルの起源には謎が多く、その考古学的証拠は限られています。最古の栽培用ブドウの1つとして知られていますが、その正確な発生地や時代は不明です。しかし、いくつかの研究では、この品種が紀元前7000年頃に中央アジアで栽培されていた可能性が示されています。
考古学的証拠によると、グルジア、アルメニア、イランなどの地域でグートエーデルに類似したブドウの種子が発見されています。これらの発見は、グートエーデルがこれらの地域で少なくとも5000年前には栽培されていたことを示唆しています。また、メソポタミアやエジプトでも古代から栽培されていたことが分かっています。
フェニキア人による世界への広まり

フェニキア人の貢献紀元前1000年頃、古代フェニキア人は地中海貿易の達人として知られており、ブドウ栽培もその得意分野でした。彼らは「グートエーデル」を含む他のブドウ品種を船で運搬し、遠くの地中海沿岸地域に広め、栽培技術も伝えました。フェニキア人は、北アフリカ、スペイン、キプロス、ギリシャなど、さまざまな地域にブドウ畑を確立し、ワイン造りの文化の普及に貢献しました。
フランスでの栽培とシャスラ村

-段落 1-
–フランスでの栽培–
グートエーデルは、紀元前400年頃にギリシャからフランス南部のプロヴァンス地方にもたらされたと考えられています。その後、この品種はフランス全土に広がり、14世紀には「シャスラ・ドレ」として知られるようになりました。
-段落 2-
–シャスラ村–
シャスラ村は、フランスのブルゴーニュ地方にある村で、中世以来、グートエーデルの栽培で有名です。村には、この品種にちなんで名付けられた「シャスラ」という修道院があり、この修道院が栽培技術の普及に貢献しました。
-段落 3-
–グートエーデルの役割–
グートエーデルは、フランスのワイン産業において重要な役割を果たしてきました。この品種は、ブルゴーニュ地方でシャブリやムルソーなどの高級ワインの生産に使用され、さらに南方のロワール地方では伝統的なワインであるヴーヴレイの生産にも使用されました。
-段落 4-
–今日のグートエーデル–
今日では、グートエーデルはフランスで広く栽培されているわけではありませんが、一部のワイン生産者によって、そのユニークな味と香りを求めて栽培されています。また、耐病性に優れているため、他のブドウ品種との交配親として使用されています。
ドイツでの普及とザクセン地方

『ドイツへの普及とザクセンにおける地位』
グートエーデルは、その普及力がドイツにまで及びました。14世紀にはすでに、ライン川中流地方で栽培されていた記録があります。その後、16世紀には、ザクセンで広く栽培されるようになり、ザクセンのワイン生産における重要な品種となりました。17世紀の文献では、「ザクセンのヴィンテージワインの女王」として称えられているほどでした。
フリードリヒ・フォン・バーデン辺境伯によるヴェヴェイからの導入

ヴェヴェイからの導入
19世紀初頭、バーデン辺境伯フリードリヒ・フォン・バーデンは、ブドウ栽培に関する知識を深めるためにスイスのヴェヴェイ地方を訪れました。ヴェヴェイ地方は、古代からブドウ栽培が盛んだったことで知られており、フリードリヒはそこで、地元で栽培されていた品種「グートエーデル」に深く感銘を受けました。この品種は、果実が大きく、甘く、ワイン醸造にも適しているという優れた特徴を備えており、フリードリヒはすぐにこの品種を持ち帰ることを決意しました。